FIA

f1-gate.com によれば、23日(金)、パリのFIA本部で行われたFIA会長選挙。
選挙に先がけて、立候補者と閣僚メンバーが15分間のプレゼンテーションを行い、その後、スーパーバイザーが監視する中、モータークラブを所有する国から集まったFIAメンバーグループ関係者により投票が行われた。
Jean Todt (ジャン・トッド) は、Ari Vatanen (アリ・バタネン)に対して135票対49票(無効票12票)とほぼ75%の票を集めて大勝。
Max Mosley (マックス・モズレー)の後任として、FIA会長を務めることが決定し、今後4年間、FIAの会長を務める。
Jean Todt (ジャン・トッド)は、1972年に 日産ワークス・チーム (メーカー直系チーム) の コ・ドライバー (ナビゲーター) として モンテカルロ・ラリー に出場し、Rauno Aaltonen (ラウノ・アルトーネン) とのコンビでNissan 240Z を総合3位に導いている。
Peugeot (プジョー) のラリー・チームでコ・ドライバーとして、1981年までWRCへの参戦。
その後、レース部門である Peugeot-Talbot Sports (プジョー・タルボ・スポール) のマネージャーに就任。
彼によって組織されたデザイン部門から生まれた車体は選手権の支配に成功し、ラリー、ヒルクライム、そして1990年代にはル・マン24時間レースで監督としてチームを率いて1992年、1993年と連覇するなど監督として大いに活躍し、優勝請負人と称されていた。
Ferrari (フェラーリ) の社長である Luca Cordero Lanza marchese di Montezemolo (ルカ・コルデーロ・ディ・モンテゼーモロ) は、1993年 F-1 フランスGPからトッドを レース部門である Scuderia Ferrari (スクーデリア・フェラーリ) 招き入れた。
モンテゼーモロ が2004年に フェラーリ を傘下に治めている FIAT (フィアット) の会長に就任し、フェラーリ本社の会長も兼務していたが、モンテゼーモロ の兼務による負担削減と トッド の既述の実績も評価され、2006年に トッド は フェラーリ本社 のCEOに就任した。
2008年3月18日に、フェラーリ本社 の CEO と スクーデリア・フェラーリ 代表も退いた。
またトッド は Michelle Yeoh (ミシェル・ヨー)の夫としても有名である。
※FIA (Federation Internationale de I'Automobile) 国際自動車連盟
本部をフランス・パリに置く世界各国の自動車団体により構成される非営利の国際機関。
世界中の四輪モータースポーツの統轄機関という役割をもち、競技ルール(スポーティング・レギュレーション)や技術規定(テクニカル・レギュレーション)の制定、レース記録の公認、競技施設の安全性監督、ドライバーへのライセンス発行など多岐の業務を行う。
世界選手権、国際選手権、国内選手権などのカテゴリーを設け、F-1(FIA Formula One World Championship)、WRC(World Rally Championship)世界ラリー選手権、WTCC(World Touring Car Championship)世界ツーリングカー選手権など多くのレースイベントを主催している。












