Young Bond

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Order of Temporary Guardianship
(暫定的保護命令)
IN THE INTERESTS OF MASTER BOND, JAMES
(被保護者 ジェームズ・ボンド)
AEG OF MINOR 12YEARS
(12歳 未成年)
Legal Guardian (s) : Charmain Bond / Relationship to Minor : an aunt
法定後見人:チャーアン・ボンド / 叔母
Temporary Guardian (s) : Hannes Obenhauser / Relationship to Minor : ―
仮後見人:ハンス・オーベルハウザー / ―

Temporary Guardianship begins 21/01/1983 at or abaut 12 noon
保護開始日時 1983年1月21日 正午12時より


"SPECTRE" 「スペクター」 の予告編映像に登場する この 「暫定的保護命令書」 は 映画 "SKYFALL" 「スカイフォール」 に登場した ジェームズ・ボンド 実家である屋敷 "スカイフォール" から発見されたとする書類である。


- 映画 "Casino Royale" 「カジノ・ロワイヤル」 公開時に発表されたオフィシャルな経歴 -

ジェイムズ・ボンド中佐 MI6のsenior Operation Officer
出生:ドイツ、西ベルリン 1968年4月13日生まれ
父:アンドリュー・ボンド ヴィッカーズ上級アカウント・マネージャー
母:モニク・ドラクロワ・ボンド
両親ともペルセヴェランス北東尾根登山中の事故により死去。

11歳までヴィカーズ社の管理職として駐在していたスイスとドイツで教育を受けた。
 両親死後、叔母のケント洲ペットボトムのミス・チャーミアン・ボンドの元で教育をうけた。
12-13歳 度重なる門限違反とメイドの一人との「トラブル」でイートン校を放校。
13-17歳 フェステ校時代、ライト級ボクシングの代表に。公立校初の学校間柔道リーグを組織。
17-31歳英国海軍

クライミング、ダイビング、水泳に熱心で走ることも得意。フェステ校休暇中オーストリアの現地インストラクターハンス・ベルハウザーの元で登山とスキーを学んだ。高価な車を高速で運転することを好む。ヨーロッパの数多くのカジノでギャンブル経験があるが、破産するほどのめりこんでない。酒を飲むが飲みすぎることはない。


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 ボンド の経歴にもあるように、両親が11歳の頃事故死し叔母に引き取られている。この書類はその時のものと思われ、保護者として チャーミアン・ボンド の名前が記載されている。フランツ・オーベルハウザー はオーストリアの現地インストラクターで、フェステ校休暇中にスキーや登山の訓練を受けた人物である。

 しなしながらここで経歴にズレが生じてくる。両親の事故は11歳の時であり、書面の年齢と1歳異なることとなり、オーベルハウザー の元での訓練はフェステ校休暇中の時期であり13~17歳であることとなっている。しかしながら11歳までスイスとドイツに在住していた事から、そこで出会いがあったとすれば納得がいくものである。

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 「暫定的保護命令書」 と共にあった写真、中央が ハンス・ベルハウザー 、向かって左が ジェームズ・ボンド であり右が ハンス の息子である FranzOberhauser (フランツ・オーベルハウザー) ではないかとされている。


※以下、重要なネタバレとなります。
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 Sony Pictures Entertainment Inc. (ソニー・ピクチャーズ・エンタテイメント) がハッキングを受け、公表された "SPECTRE" 「スペクター」 の初稿台本上のラスボスは ボンド の実の兄だったことが明らかにされている。

 ボンド に兄弟はいたのか?映画ではそのような設定は前作までにおいては存在しない。では Ian Flming (イアン・フレミング) の原作小説などにおいてはどうなのか? イアン・フレミング財団 公認で ボンド の幼年期を描いた Charlie Higson (チャーリー・ヒクソン) の小説においても兄弟の記述は一切ない。

 しかしながら John Pearson (ジョン・ピアーソン) の著書 "Jamws Bond The Authorised Biography of 007" 「ジェームズ・ボンド」 (ジェイムズ・ボンド伝) の中で、兄 Henry・Bond (ヘンリー・ボンド) の存在が明らかになる。
架空の人物としていた ジェームズ・ボンド へのインタビューで語られたとするフィクションの小説で、フレミング が明らかにしていなかった事柄について ボンド が答えるというものだ。

アンドリュー と モニク の結婚後九ヶ月目に、兄ヘンリー が生まれ、秋に ジェームズ が生まれた。
社交的な ヘンリー に対し、自分の殻に閉じこもりがちな ジェームズ。しかし両親の死を告げられ泣き崩れたてしまったのは ヘンリー であり、ジェームズ のその自制心に周りの者が驚きを隠せなかったほどだった。


 ヘンリー を追うように ジェームズ はチャーミアン叔母さん の英才教育により、1933年秋の学期にイートン校の入学試験にパスした。
そしてかの有名なエピソード、15歳の ボンド がイートン校時代に "生徒のひとりのメイドと間違いを起こしたらしい" 、その事によってイートン校を退学となった事件について ジェームズ は、実はメイドではなくいわゆる学校の札付きグループ仲間の"空巣"と呼ばれる ブリントン の母違いの17歳の美しいフランス人との混血児の姉と恋に落ち、バイクでロンドンまで行き彼女を夕食に連れ出し寄宿舎に戻った ボンド を舎監が待ち受けていたということが真実だった。と、 イアン・フレミミング が茶目っ気を出し広めたと ボンド は趣味が乏しいと腹を立てていた。ちなみに舎監に告げ口をしたのが ヘンリー だったという。
このことを知った チャーミアン叔母さん は "ボンド家の呪い" だと取り乱したという。


 その後 ヘンリー は結婚して大蔵省に勤めており、グレンコーの屋敷は祖父が92歳で他界した後、グレゴール伯父が相続していることとなっている。
これらのことから写真の少年が ジェームズの兄 である ヘンリー であっても全く不自然ではないと思われる。

 また、ことの発端は フレミング の伝記的小説 "The Life Of Ian Fleming" 「女王陛下の騎士 -OO7を創造した男-」 を ジョン・ピアーソン が執筆した後に手元に届いたファンレターと1枚の写真だった。そこには高い山々をバックに10代末頃と思われる イアン・フレミング と ジェームズ・ボンド とが女性を挟んだ形に写真に納まっていた。まさに人物こそ違えど同様の写真が登場してきている。

 なぜ チャーミアン・ボンド が ジェームズ の後見人となっているのか?モニク・ボンド は デラクロワ家の出で、一族に子供たちを任せる人材がいないことを チャーミアン・ボンド から指摘され、自らが責任を持って育てることを名乗り出ている。

 では、なぜ他人の ハンス・ベルハウザー が ジェームズ の仮後見人となっているのか? チャーミアン・ボンド の夫は新婚生活3週間でなくなっていた。そのためもうひとり後継人が必要になった。
ハンス・ベルハウザー が選ばれた理由として最有力なものは、イアン・フレミング による原作短編 "Octopassy" 「007号の追求」 の中で ボンド は、 「たまたまあの オーベルハウザー というのが、わたしの友だちだったからね。彼には戦前、まだ十代のころにスキーを教わったし、すばらしい人間だった。わたしがたまに親父が欲しいなと思ったようなときには、彼が親父がわりみたいなものだったこともある」 と、一文あるからであろう。
その後、 情報部将校デクスター・スマイス少佐 が戦時中ナチス・ドイツがオーストリア・カイゼル山脈の峯に隠していた金塊を盗掘際に山岳ガイドとして彼を雇い、その後殺害され雪に埋もれた谷の底に突き落とされた。

 ジョン・ピアーソン の書にも、ハンス・ベルハウザー に対する記述は存在する。

オーベルハウザー が彼にスキーを教えたという考え方は、 フレミング の古典的な誇張のひとつだ。 フレミング もよく知っていたとおり、ボンド はすでにスキーはできた― 彼なりの荒い我流だがうまくいく滑りかただった。ただ、オリンピックのメダリストとして、町にいたどんなスキー教師よりもはるかにしっかりしたスキーヤーとして、ボンド に彼に欠けていたスタイルというものを少し教えたのは オーベルハウザー だった。それに フレミング もいうとおり、このチロル人はボンドに対してほかのだれにもできないことをやるのに成功したのだ。彼は ボンド の殻を破り、彼を口説いて話をさせ、忠告できる父親のような役をはたしたのだ。 ボンド はまるで命の恩人のように彼を信じている。

 以上は、ジョン・ピアーソン が作り上げたサイドストーリーである。
なおジョン・ピアーソン なる人物、テレビのシナリオ・ライターの時にイアン・フレミングと出会いサンデー・タイムズ紙にて論説欄の助手を担当、その後ジャーナリストをやめ小説家に転進している。このとこからも フレミング の後継者になりたかったであろう真剣さが随所に伺える。

 余談ながら、ボンド のアパートにいる 家政婦のメイ (メイ・マッグラース) は ジェームズ のお爺さんを世話していた経緯から、グレゴール伯父 を世話していたが チャーミアン叔母さん の口添えにより ジェームズ を世話することとなり、 ジェームズ の見つけたアパートの下の階の予備寝室の隣に、住み込みとして使えることとなったとされている。

 また チャーリー・ヒクソン の著書 "By Royal Command" に ハンス・ベルハウザー は登場するが、目立つ存在ではなかった。そして 映画 "SKYFALL" 「スカイフォール」 に登場した Kincade (キンケイド) 又は屋敷守りの存在、暫定的保護命令書のエピソードは書籍には全く登場していない。

 ところで今になってなぜ、ボンド の幼年期の話が登場するのか?Albert R. Broccol (アルバート R.ブロッコリ) が製作していた頃にも同様の提案があったとされている。しかし「観客は子供時代など興味はない」 との カビー の一喝により企画はボツとなった。 Sam Mendes (サム・メンデス監督) によれば、 "SKYFALL" 「スカイフォール」 にてグレンコーにある ボンド の実家を登場させるなどした理由として、 「"The Dark Knight Rises" 「ダークナイト・ライジング」 をやりたかった。」 とはっきりとコメントしている。

 これらのエピソードは、イアン・フレミング の手掛けた原作からの出典ではないが、参考とされた可能性はあると思われる。原作を大きく逸脱することは好ましくないと個人的には考える次第ではあるが、このようなサイドストーリーを元に新作の公開を待つのも楽しいののではないだろうか。


参考書籍:
・You Only Live Twice by Ian Flming
「007は二度死ぬ」 著:イアン・フレミング / 訳:井上一夫 (早川書房)
・Octopussy by Ian Flming
「007号の追求」著:イアン・フレミング / 訳:井上一夫 (早川書房) 「007号/ベルリン脱出」 に収録
・The James Bond Dossier by Kingsley Amis
「OO7号/ジェイムズ・ボンド白書」 著:キングズリイ・エイミス / 訳:永井淳 (ハヤカワ・ライブラリ)
・For Bond Lovers Only Compiled and Edited by Sheldan Lane
「OO7専科」 著:シェルダン・レーン 編 / 訳:吉田誠一 他 (ハヤカワ・ライブラリ)
・ Ian Fleming The Spy Who Came In With The Gold by Henry A.Zeiger
「OO7は死せず イアン・フレミング伝」 著:H・ジーガー / 訳:井上一夫 (荒地出版社)
・Silver Fin by Charlie Higson
「ヤング・ボンド」著:チャーリー・ヒクソン / 訳:伏見威蕃 (学習研究社)
・By Royal Command by Charlie Higson
・The Life Of Ian Fleming by Jphn Pearson
「女王陛下の騎士 -OO7を創造した男-」 著:ジョン・ピアーソン / 訳:井上一夫 (早川書房)
・Jamws Bond The Authorised Biography of 007 by John Pearson
「ジェームズ・ボンド」(ジェイムズ・ボンド伝) 著:ジョン・ピアーソン / 訳:井上一夫 (立風書房、ハヤカワ・ミステリー文庫)
「実録 007の世界 ジェイムズ・ボンドは実在していた!!」 著:ジョン・ピアーソン / 編訳:小鷹信光 (週刊サンケイ連載)
映画版ジェームズ・ボンド経歴 出典:大人になるんだOO7 Special Thanks ネリー
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